Macに夢中

 

Mac&MSIApple iPhone 12 Pro Max (5.1mm, f/1.6, 1/60 sec, ISO250)

年内のDTP仕事はだいたい終わったので
いよいよWinからMacへの環境変革に着手。

HDDを接続したりしながら
同じ動画ファイルの書き出しの時間を測ってみた。

ファイルは一昨年高野陽子さんと配信した2時間弱のHD動画。
AdobePremiereProから同じ条件(いずれもデスクトップのフォルダごとコピーし、外部モニタや他のHDDなどは接続せずに)それぞれ最新版のヴァージョンのAdobePremiereProで書き出し。

驚きの結果が出た。

Macの書き出し時間

Macの書き出し時間

MSI Winの書き出し時間

MSI Winの書き出し時間

Mac=18分
Win=1時間25分

Winは2020年5月に購入。いわゆるクリエイタースペックのMSIで当時20万。Macは2022年12月購入で32万円ほどだから、あたりまえといえばあたりまえだが、このWinマシンは当時としては相当高速だった。

処理時間の差、1時間7分を12万と考えれば安いか高いか?
これに加えて、カラーマネージメント可能なモニタ(作業スペースが狭いことを厭わなければ外部モニタがなくても映像処理が可能)、小さな部屋なら外部スピーカー不要なほどの高品質、大音量可能な音響システム。20年ぶりのMacは感動の連続だ。

MSIマシンはいわゆるゲーマーマシンメーカーだからか、AdobeRGB100%カバーとはいうものの色調整に使えるレベルの演色性能はないし、スピーカーから出る音はまさにPCの音。ヘッドフォンを使っても、プリアンプが悪いせいだろう、安物のラジカセみたいな音しか出ない。

少なくとも、映像や音楽のプロなら、その点だけでも価格差以上の価値はある。Macだけで外部モニタや外部スピーカーを使わなくて済む(持たなくて済むかどうかはともかく)。

以下詳しいマシンスペック

Mac
MacBook Pro 14.2inch M1 Pro 10コア RAM16GB SSD 1TB

Win
MSI PRESTIGE14A10RAS-085JP core i7-10710U CPU@1.10GHz 1.61GHz RAM 32GB Geforce MX330(2GB) SSD1TB

Mac自叙伝

IMG_0833 中Apple iPhone 12 Pro Max (5.1mm, f/1.6, 1/121 sec, ISO32)

◆パーソナルコンピュータとの出会い
生まれて初めてパーソナルコンピュータなるものに触ったのはいつだろうか?おそらく印刷会社に勤めていた、1988年ごろ、その会社のアメリカ帰りの二代目の若社長が会社の代表権を持つようになり、支店に一台づつMacを配置した時だ。機種はよくわからないがMacintosh SEあたりではなかったかと思う。
その時すでに、今に版下はすべてMacで作るようになるだろうと言われていたが、その機種はビットマップフォントしかないモノクロで、MacWriteかなんかのワープロは入っていたが、PageMakerが使えるわけでもなく、レザープリンタで出力した文書はギザギザの文字、事務員たちが使っていたオアシスや文豪で作ったものの方が遥かに美しかった。それでも、制作チームに触ることを許されている唯一のコンピュータだったので、それで楽器メーカーのコンペへもってゆくプレゼンの書類などを作っていた。

独立した1991年頃はまだまだDTP革命前で、その会社ではチラシの組版に特化したいわゆる電産写植機をソニーとの合弁会社を作って開発したりしていた。当然のことながらMacのDTPが普及を始めるとコスト面では太刀打ちできずそのうち消え去った。私は受注した小規模な印刷関連の仕事や、自前のポストカードの制作のために写植を外注して版下を作っていたが、文豪でプリントアウトしたものを下敷きに書体指定をして写植屋さんに持ちこみ、今度はその写植を台紙に貼るという作業をしていた。文豪で写植と同じクオリティーの文字がプリントできれば仕事はずいぶん捗るはずだと感じはじめていた。

いよいよDTP時代の靴音が響いてきたそんな頃、当時執筆していた「日本のスミレ」という本の原稿をめぐって、ワープロの限界を感じる出来事があった。文豪で作った原稿をテキストファイルにしてヤマケイにもっていたったところ、編集者が開けないというのだ。「カクチョウシはつけましたか?」と言われても何のことだかわからなかった。文豪でやり直すとしたら、全てのファイルをもう一度保存し直さなければならない。3時間仕事である。豊橋に帰る前に、NECのショールームで見てもらったら、やはり拡張子が付いてないのが原因だろうとのこと。諦めて豊橋に帰ろうとおもったところで、「10分ほどお待ちいただければつけて差し上げられます」というではないか。この一件でとにかくパーソナルコンピュータを手に入れるしかないと確信した。

文豪との相性からしてNECという選択肢もあったが、時はDTP時代が目前に迫っていた。当時次々に出版されたであろうDTPの指南書の一冊に感化され、Macしかないと決め200万ほどのローンを組んだ。毎月の写植外注費をローンに当てた形だった。

◆DTPへの憧憬 〜PowerMacとMiroline〜
1995年の夏。PowerMacの新型が発売されるというのでそれを待って購入。記憶が確かなら、PowerMac7100。メモリは16MB、HDDが1GBだったと思う。ちょうど今年購入したMacBookProは16GBに1TBとジャスト1000倍のスペックだ。
Macそのものよりも高いのは、プリンタやソフト、そしてフォントだった。当時、データ入稿というのはまだまだ夢の話で、当面はプリンタでの出力の軽印刷も多いだろうと見込まれた。プリンタが中途半端では他の機材が無駄になる。OKIのMicroline A3ノビのレーザープリンタは60万ほどの上に、プリンタにインストールするモリサワの高解像度フォントは1書体4万円近かった。揃えたソフトは、PageMaker、FreeHand、OFFICEなどである。その時読んでいた指南書がこの組み合わせだったのだが、今思えば情報収集が足りなかった。すでにペラものの制作はほとんどがIllustratorで行われており、PageMakerで入稿できる印刷所は地方にはほとんどなかった。それもあり、データ入稿よりももっぱら自前のプリンタを版下として使っていた。

 

IMG_0827 中Apple iPhone 12 Pro Max (5.1mm, f/1.6, 1/121 sec, ISO80)

◆ノマドへの憧憬 〜Power Book〜
Macを使うようになって革命が起こったのは印刷物の製作だけではなかった。前述した「日本のスミレ」の編集が一段落した1996年2月。Macを手に入れてからかねがねやりたいと思っていたパソコン通信なるものに手を染めた。当時、niftyが主催していたNiftyServeというものがあった。今で言えば完全にSNSである。そのNiftyServeの中に植物好きが集まる「緑の散歩道」という会議室があり頻繁にオフ会といわれる観察会も開かれていた。その春にはインターネットも開通し、メールのやりとりができる人も少しづつできてきた。当時から車中泊の多い自分の生活からすると、旅先でMacで連絡がとりあえるというのはまさに夢だった。同時に普及してきた携帯電話の電波にモデムを繋げばメールくらい落とすことができる。程なくモノクロのPowerBookを手に入れたのは必然といえば必然だった。最初に購入した機種は思い出せないが、2台目はPowerBook190cs、3台目はPowerBook1400csと、都合3台のPowerBookを使ったと思う。

IMG_0832 中Apple iPhone 12 Pro Max (7.5mm, f/2.2, 1/99 sec, ISO64)

◆窓への憧憬 〜Vaio PCG-C1R〜
1999年の2月、私は東京郊外のとある会社の一室でWindowsNTに向かっていた。翌年、エプソンから発売される予定の電子手帳のようなもの向けのサイトの一角になるオンライン植物図鑑の製作のまとめにかかっていた。ちなみにその「電子手帳のようなもの」とは、GPSを装備して地図ソフトと連動させるもので、まさに今のスマートフォンのに近いものだった。今思えば時代を先どりしすぎていたのかもしれない。その制作チームでエンジニアやデザイナーと仕事をできたのは、のちに「撮れたてドットコム」を制作するために大きなプラスになった。
問題はその会社の社長だったH氏のMac嫌いである。私の数日間の滞在中、ちょうど発売されてまもないSonyのWindows機PCG-C1Rを買ってきたのである。当時私が運んでいたPowerBook1400scと比べると、価格も重量も半分。しかも、動きはというと体感的には倍くらいの速さが感じられた。その頃は、毎年新刊を出し、印刷仲介的な仕事がかなり少なくなっていた。また、Windows DTPも話題になっていたし、それ以上に世はWindows98とインターネットの大ムーブメントの最中だった。一方、MacはといえばCoplandの開発に失敗し、Windowsに完全に水を開けられた感じだった。特にモバイル機の性能は誰が見てもWindowsにアドバンテージがあった。
しばらくは、最初に購入したPowerMacにG3ブースターをつけて使っていたが、主にMacのネット環境をモニタリングするための機材としてだった。以降、何台かのvaioやDOS/V機を使うことになった。

◆GPUへの憧憬 〜MSI Prestige14 〜
この間、写真家としての仕事も大きく変わった。デジタルでの撮影が主力になったのは2005年あたりだ。同時にプロのデザイナーでなくとも印刷物のデータ入稿は当たり前になった。何よりマシンパワーが要求されるようになったのは動画編集だ。2020年まで使ったWindows機はDynabookの第5世代i5モデル。軽量でバランスがよく気に入っていたが、コロナ禍で要求されたOBSを使ってのHD配信にはいかにも非力だった。ノートPCとしてはディスプレイがいいという触れ込みだったが、画像の調整ができるようなものではない。持続化給付金もあてにして、この際、配信や4K動画の編集も無理がなく、できれば旅先で画像の調整が可能なディスプレイをもつWindows機を探し、たどり着いたのがMSIだった。正確な機種名はPRESTIGE14A10RAS-085JP となる。第10世代、core i7にGeforce MX330という仕様だ。何より、AdobeRGB100%カバーするリアルカラーとやらが魅力だった。ディスプレイがカラー調整に使えるなら、念願の完全ノマド仕様が叶う。しかし、残念ながらスピードはよいが、ディスプレイは使い物にならなかった。測色機を使っても合わないし、手動でなんとか違和感ないくらいのところまでにはしてあるが、とても細かいカラー調整ができる代物ではない。また、ファンの騒音が相当なもので、オフセット印刷の輪転機を思わせる。そして、電力の消費量が凄まじくバッテリー駆動ではパワーも落ちるしほとんど実用にならない。また、放熱も激しい。まさにゲーム機を作ってきたメーカーだけのことはある。それでもまだ購入して2年半。せめて4年くらいは使いたいと思っていたが、photoshopの最新版でCameraRAWが動かなくなって、Adobeのサポートに遠隔で見てもらったところ、VRAMが不足気味なので古いバージョンを使うようにと言われた。

◆ただいMacintosh
次に購入するPCに求めることは、動画編集やDTP作業が無理なくできるマシンパワーもだが、カラーマネージメントが可能なモバイルディスプレイが使えるものであることだ。MSIもDynabookもメーカーの触れ込みに期待したが、プロの映像作家がカラー調整に使えるような代物ではなかった。EIZOやBen-qといった色評価用モニタを作っているメーカーがノートPCを作ってくれないかと考えてもみたが、結局はきちんと色調整をするとしたらほとんどの人は固定環境でやるのであえてノートPCに高価なディスプレイを使う必要はない。そして、そんなことをあえてやるメーカーがあるとすればAppleだけである。それは以前からわかっていたが、コンピュータのプラットフォームを変えるというのはたいへんなことだった。OS XになったときMacの維持を諦めたのも、ソフトの更新がコスト的に高すぎたことが一因だ。しかし、現在では多くのソフトがサブスク化、クロスプラットフォーム化している。特にAdobeCCが完全にノーコストで移行できる。そうなればMacのカラーマネージメントのメリットは大きい。そして、少し調べてみると、M1チップは革命的なアドヴァンテージをもつことが理解できた。OS8時代、高くて大きくて遅くて不安定でも、それでもその魅力の虜になった人たちが使う道具だったMacintoshというコンピュータがついに実用的にも素晴らしい道具となって帰ってきた。いや、帰ってきたのは私の方か?

IMG_0834 中Apple iPhone 12 Pro Max (7.5mm, f/2.2, 1/99 sec, ISO50)

IMG_0836 中Apple iPhone 12 Pro Max (5.1mm, f/1.6, 1/696 sec, ISO32)

◆速さ、静けさ、軽さ
私が購入したモデルは、MacBook Pro 14インチ Apple M1 Proチップ(10コアCPU/16コアGPU)/SSD 1TB/メモリ 16GBといういわゆる「吊るし」のモデルだ。32万円ほどと少々高価ではあるが、HDMI端子、SDカードスロット、Thanderbolt端子が3つついているなど、物理的なスペックが高いのは長く使うことを考えるとアドヴァンテージが高い。納品から24時間、まずは初期設定をして、少々の調べ物をしながらこんな文章を書いてみているだけで、スピードを実感するほどのことをしてはいないが、とにかく未だ一度もファンは回っていない。本当にファンがついているのか不安になる程だ。耳を近づけても全く音はしない。動きもとにかく軽いが、むしろIMへの不慣れからこちらの入力が追いつかない。

◆ディスプレイ性能
AdobeRGBモードで調整されたEIZOの色評価用ディスプレイをデュアルモニタにしてみると、ほぼ完全に色が合う。経年変化で調整は必要になってくるだろうが、現時点ではそのまま色調整に使えそうだ。これがノートPCで実現出来るのはMacならではだろう。マシンパワーが同じだとしても、この分だけMacのアドバンテージは高い。念願のフルノマド化(すべての仕事をモバイル環境でこなせる)が実現しそうだ。そしてバッテリーの持ちがいいのにも驚いた。満充電してあれば一日中使っていても半分使うかどうかだ。

◆窓からの移行問題
Windows環境からの移行問題が一番の懸案だ。まず、AdobeCCとOFFICEはなんの問題もなく使える。気がかりだったのはメーラーである。WindowsのOutlookなどは最悪で、ログのバックアップが難しい。MacからWinに移行した時にこれがどうしようもなくて、Beckyというシェアウェアを長年使っている。メールログを格納するフォルダを外部ストレージを含めて自由に選べるのでバックアップも簡単だ。まるでMacのソフトのような自由さがあるのだが、残念ながらMac版はない。いろいろメーラーを探してはみたが、結局クラウドメールが一番ということになった。GoogleはiPhone写真のバックアップ用に2TBの容量を確保してあるし、Yahooはプレミアム会員になっているので無制限でメールを使える。オリジナルドメインのアドレスをgmailに設定して、バックアップ用にYahooにも同じメールを転送するようにしてある。唯一の気がかりは電波の悪いところで仕事をすることの多いことだが、iPhoneのローカルに最近のメールが残されているのでほとんどのケースは問題ないだろう。

盲点だったのは、ディスクフォーマット。WinではNTFSが、MacではAPFSが主流になっている。まず、NTFS for Macというユーティリティーがあることがわかった。今のところこれで問題なく読めているが、残念なのは、MacのバックアップシステムTimeMachineを使うにはAPFSでなくてはならない。これは便利そうだが、しばらくの間Win Mac混在環境になることを考えると、Winではまったく読めないAPFSを使うわけにはいかない。と考えてみたが、少し調べてみるとWin側からAPFSを読み書きするツールも色々あるようだ。外部ストレージを更新するタイミングで逆パターンも検討する価値がある。

バッテリー充電スペース

壁面にカメラ用バッテリー、水平面にはドローンのバッテリーやコントローラーが充電できるようにした。

壁面にカメラ用バッテリー、水平面にはドローンのバッテリーやコントローラーが充電できるようにした。

この冬の車載設備改良も終盤。撮影機材のバッテリーの充電スペースを整理した。放っておくと、延長タップに刺したまま、ゴロゴロ車内を転がり、気がつくとバッテリーが充電器からはずれてるなんてこともよくある話し。

D75DF2E6-9D8C-40D2-8CE7-F75573B37749

特にドローンのバッテリーやコントローラーは、なにか工夫が必須。昨年まではポータブルバッテリーの上にドローン用の充電スペースをウレタンで作っていたが、今ひとつ使いにくいので、カメラのバッテリーとまとめて、リアゲート近くに設置。リアゲートを開けてすぐ手が届くところに設置したのもポイントだ。

棚そのものは、「木レン」と呼ばれる建築資材で固定。家具転倒防止のつっぱりポールの原理だが、それより短いものがある。ここでは完全固定ではなく、簡単に外せるのがポイント。

930EE479-DAF4-4DBA-B852-2969C0251144

EOSの充電は100Vのコンセントに純正の充電器。コンセントの設置は電気工事士の資格が必要なので、友人の有資格者に手伝ってもらって設置。1.6mm以上の単線である必要があると教えられた。

右上は、オリンパスTGシリーズ用充電器。USB電源のサードパーティ製。無理矢理ネジ釘で止めた。

EBFE8EA8-99DD-443F-B611-3FA4045BFEAD下は、DJIのドローン機材用。動きにくいようにラジアタパイン材に糸鋸で型抜きした。

壁面のバッテリーが、走行中の振動にどれだけ耐えうるか、やや不安も残るが、なにより省スペースになる。

しばらく使ってみることにする。

B0245D14-C00A-42C8-9924-680D294C3C41

その後細かいところを改良

7D1FB593-2763-4960-9977-ADF3C3248453

上部に棚を追加。

44005583-9FCE-4FC8-ACD9-829761647213

木レンカバーを追加。軽く加工が容易な桐の修正材を使い、糸鋸で壁曲面に合わせて切る。見場もあるが、最上段の収納スペースを使いやすくするのも目標。

163EADFB-2F58-4E60-859B-3FDEBF28AD16

カパっと押しこんでおくだけでもかなり安定するが、

35A54F70-3A85-4A16-B4FC-6EBC78B4DE84

背面に衣類用ゴムをつけて固定。棚全体を工具など使わず簡単に取り外せるような構造に収めるのを目標にした。

ゴミトン設置

パランティカゴミトン

パランティカゴミトン

かねてから考えていたゴミトン設置。なぜかキャンピングカー に設置するゴミ箱をゴミトンと呼ぶ。

車長からはみ出す、外観を台無しにする等、デメリットは数々あれど昨今のゴミ事情からすると、1週間くらいなら持ち帰り、もしくは有料でゴミ処理できるオートキャンプ場や受け入れてくれるゴミ処理施設まで持ち歩くしかない。

最大の懸案は、ラダーとゴミトンの重量で、リアゲートが下がってくることだが、ネットで調べてみる限り、ハイエースに同じような方法でゴミトンを設置している先輩も多い。まずは、ゴミトンの重量を最小限にしてやってみることにした。

83544764-0043-4EC0-8E5A-35A246DF9E07 DFA3CBF3-3B57-4E01-8B22-A028E9C9B074

まずはメインの取り付け金具。諸先輩方のサイトを参考に、かんぬきの金具を利用。サイズはラダーのパイプ径に合わせて38mmをセレクト。ステンレス製。ベニアの補強材を使ってビス止め。内側はゴミ袋が破れにくいように袋ナットにしてある。

9E890469-2EB2-4200-9632-A71F56A963E8

金具が触れるところにはこんなものが使える。キズを防ぐだけでなく、よくフィットするようになる。

4E43CBF8-4F38-47D4-9B88-49F8EC1FD117

ゴミ箱は無印良品の30L。厚みがうすめで、比較的スタイリッシュ。蓋は3種類から選べる。ただし、クルマにつけるようにはできてないので、蓋をロックするシステムが必要。そこで、ヘルメット用のワンタッチあごひもを使ってみた。

E466FDE5-661A-416E-824F-552FE69354EA

不法投棄防止ステッカー。脅しではなくほんとに駐車中も車体に触れると録画されます。

FEC3A8E1-6298-4C8F-8F0B-678BA2FC5E0D

パランティカステッカーはインクジェット自作。原画はクルマのステッカー製作時(業者に依頼)にロイヤリティーを購入した。透明のステッカー用紙に出力しはさみで切りぬいてある。

B3C5544A-EC12-4EB2-80EA-79E6F4522424

ゴム紐で固定。30秒でとりはずせる。必要のない時は外しておけるし、洗車などの際もすぐ外せる。

荷室のLED照明DIY


9B04DDE6-D272-4972-A22A-EE4860B0AE6C

暗くなってから荷室に用があると暗くて困っていた。リアのルームランプは棚板に遮られて届かない。

漠然と考えたのは、リアゲートの内側にドア連動のLED照明を追加すること。ハイエースでの同様のDYI工事例もネット上にたくさんある。

まず、リアゲート内から電源のプラス線とカーテシ線(ドア連動のマイナス線のこと)が探し出せれば簡単に済むと思ったが、どうもリアゲート内には常時電源は来てないことが明らかになる。考えてみればリアゲートにキーを抜いて稼働する電装品はひとつもない。キーを刺してなければ点灯しないような照明では役に立たない。

リアゲートの内張を剥がしてみたが、素人にはちんぷんかんぷん。それ以上に、ここには常時電源が来てないことを知って諦める。

次の電源候補は天井についているルームランプ。これはドア連動のスイッチがついているので、そのまま配線すれば行けるはず。問題はリアゲートへの配線通しだが、これはネットに先達の記事がいくつもある。ます、配線してみてLEDが点灯することを確認。

ルームランプから電源とカーテシ線をとる。どちらがどちらかわからないが、LEDに接続してつかなかったら逆にすればよい。ちなみに、カーテシでない常時点灯のアースは線でなく車体とランプの金属部が触れていることで通電する。

ルームランプから電源とカーテシ線をとる。どちらがどちらかわからないが、LEDに接続してつかなかったら逆にすればよい。ちなみに、カーテシでない常時点灯のアースは線でなく車体とランプの金属部が触れていることで通電する。

あとは、このラインを内張の内側から蛇腹を通してリアゲートに引いてやればよいのだが、、、。

問題が発覚した。純正のハイエースなら内張をすべて剥がせるのだが、キャンピングカーであるコンパスビッツは構造がちがう。天井から蛇腹まで配線が引けないことが判明。ルームランプから配線をぶら下げたまま一夜を過ごし、作戦を練った。

数は少ないが、コンパスビッツのDIYを紹介してくれるブロガーが数人いる。そんな先輩のブログにヒントはないか?そのうちのお一人。しばらくぶりに訪れてみると、なんと、最近もう一台購入し、現在コンパスビッツ2台保有しているとのこと。

そして、荷室のLED照明追加の記事もあった。リアゲートではないが、やはりルームランプから配線し、荷室内にLEDテープを貼ってある。考えてみれば、リアゲートにこだわることはない。

問題は、内張が剥がせないコンパスビッツで車内にどう配線を這わせるかだ。そのブログには具体的なことは書かれてないが、少なくとも見栄えを犠牲にして車内に引き回せばなんとかなりそうだ。

さっそくさぐってみると、絶妙なところがある。内張と内張の境目の隙間。ここに内張剥がしのヘラで配線を押しこんでやれば完全に隠すことができる。

内張と内張の境目に配線を押しこんだ。

内張と内張の境目に配線を押しこんだ。

どうしても隠せないところはモールを使用。


隠せないところはモールで

隠せないところはモールで

かくして完成。途中で分岐して上段と下段にわけて配線。右サイドはスタンド類収納庫になっている。ここに貼れば両サイドに照明をつけられるが、これはなにかと外す機会も多い。ソケット式にしようかとも考えたが、まずは片方だけでもそうとう明るいのでこのまま様子を見る。

最後に内張を戻して、ルームランプをもとどおりにつけなおしたのだが、ここで問題発生。ルームランプが点灯しない。

ネジ釘2本で天井の車体本体に止められているのだが、外すときにあやまってはずす必要のないスイッチのネジを外してしまった。これがいけなかった。このスイッチ、スプリングとベアリングで通電する仕組み。外すときに気づかずベアリングを落としてしまったのだ。

ベアリングひとつのために、ディーラーでルームランプを取り寄せなければならないかと諦めかけたときに閃いた。数年前、引き出しのレールを破損したときに車内にベアリングが撒き散らされた。そのベアリングが一つくらい残ってないかと探したらビンゴ。サイズもばっちりで事なきを得た。

7CA9EB14-8534-4781-9DCF-8097FECBC7A8

F9539193-512D-4E5A-B3EC-0ED44BE3AD4F 9B04DDE6-D272-4972-A22A-EE4860B0AE6C CD2B4BF2-7822-43C5-9E2C-E7E6E0042D37

 

 

Ann Sakai 変わらない想い 
スペシャルサイト

148352211_4146722695360679_1621993733288296692_n

アイリッシュフルート奏者・ケルトの笛のhataoさんから、Ann Sakai「Feelings that Never Change」へのレビューが届きました。当事者にはなかなかできない俯瞰的レビュー。じっくり読んでいただきたくてSNSだけでなくここにアップします。

せっかくなのでAnnさんのセルフライナーノートも一緒に掲載して、Ann Sakaiスペシャルサイトになっています。

【やさしい気持ちになり、ホロリとして、元気がもらえる】
Feelings that Never Change レビュー
117445230_755931155209811_1182345434529108137_n (2)by ケルトの笛 hatao

ネイチャー・フォークという音楽ジャンルがある。愛知県豊橋市を拠点に音楽と写真で表現活動をする「いがりまさし」氏が提唱する、草花や山河といった自然に根ざした創作音楽だ。

フォークといえば、一昔前のフォーク・ブームを連想する人も多いだろう。反戦や平和運動という政治と結びついた音楽は一つの時代の象徴だったが、次の時代が明けると受け継がれることなく衰退してしまった。今はフォークの源流であるヨーロッパ伝統音楽が若者たちに人気だ。

フォークと伝統音楽。その二つがかけあって生まれたのが、ネイチャー・フォークだ。自然のありさまや日常から生まれた繊細な感情をアコースティック楽器で丁寧に描いてゆく。自然や日常というのは誰にとっても身近に常に変わらず存在するので、ネイチャー・フォークは世代・年代を超えて心に響く力強さを持っている。

シンガーAnn Sakaiさんのデビューとなる本作が、いがり氏の主宰する音楽レーベル「MAPLART」から発売されたのは偶然ではない。編曲からギターや笛やコーラスといった演奏まで全体的に「いがりまさし」サウンドでまとめ上げられ、Annさんに意気投合した伝統音楽寄りの音楽家たちが楽曲提供やゲスト演奏をして製作された本作品は、正統的なネイチャー・フォークの文脈にあると言える。

これまでの「MAPLART」レーベルの作品は歌詞のないインストゥルメンタル曲が主だったが、本作品では美しい草花や季節の風景、そして日々浮かぶ思いが、わかりやすい日本語の歌詞に乗って素直な声で歌われている。

ヴォーカルについては全体的に中高音域で柔らかく優しいトーンだが、よく聴くとそれぞれの曲に合わせて声色を使い分けており、「君へ」で聴かれるように中低音域も意外にしっかりと歌い上げている。ヴィブラートの少ない素直なシンギング・スタイルが、無垢な音楽の世界とよく合っている。

ヴォーカルとの共演はすべてアコースティック楽器で、ケーナのような音色を出すことができる改造型リコーダー「リケーナ」の渋い音色は単色に染まりがちな音楽に色彩感を与える。ヴァイオリンや笛のカウンターメロディは秀作揃いで、歌と楽器とのアンサンブルも聴き所の一つだ。

メロディはどれも印象的なものばかりだが、とりわけ「水の花火」と「卒業」は胸が締め付けられる切ないメロディだ。楽曲は5人が提供しあっており(ほか1曲は伝承曲)、それぞれの持つ個性がうまく調和し、聴き続けてもかつ飽きのないトラック構成になっている。

全体的なムードはピュア、センチメンタル、ロマンティックで、優しくつつみこまれるような音楽だ。桜や卒業など春にちなんだ曲が多いため、草花がいっせいに冬眠から目覚めるおだやかな初春の景色とともに聴くと、より深く音楽の世界に入り込めるだろう。


Ann Sakaiさんからリスナーへ
1516977584 (2)

制作の経緯

島崎藤村の「初恋」が学生時代から大好きでいつかこれに曲をつけたいと思い作曲したのが今から6年前。
この曲をいつかはカタチに残したいと思いながら歌って来ました。昨年のコロナ自粛の際に作った
”2020春Inori”にSNSでバイオ リンの音をのせてもらったことから、櫛谷結実枝さんと親しくなり、昨年櫛谷さんが作られた曲に歌詞をつけて歌いませんかと言われ、作詞したのが「君へ」です。
当初櫛谷さんが今制作中のCDに入れる予定でしたが、他の曲が全てインストゥルメンタルなのに一曲だけ歌が入るのはバランスがおかしいということで、 せっかく作った曲がお蔵入りしそうになり、それなら私がCD作ります! と言ったのが2020年12月。そこからわたしの作り溜めた曲(作詞・作曲含め)の伴奏をいがりまさしさんに頼んだところ快く引き受けて下さり、トントン拍子に進み、この度のCD発売となりました。

楽曲紹介

1.2020春Inori
緊急事態宣言中の桜通りは毎年の宴会お花見と違い、誰もいなくてとてもさびしいものでした。
でも相変わらず満開の桜は見事な美しさで、それを見ていて出来た曲です。

2.風と花の詩
マリネッコさんのこの曲のメロディは目を閉じるとやさしい風と花達の喜びが浮かんでくるようです。
それを歌詞にしてみました。

3.美ら海エア
いがりまさしさんの作られた沖縄の海の曲ですが、最初にサビの歌詞が頭に浮かんで来て、この曲を聞くとその部分だけは自然に歌になって口ずさんでいました。このCDのジャケットは沖縄ではありませんが、豊橋の美ら海で撮影したもので、キラキラと光る水面に心が洗われます。

4.夏空に恋して
白馬五竜のお花畑コンサートに遊びに行ったときの思い出をもとにしたマリネッコさんの曲に、いがりさんとわたしで作詞しました。まさにフォークソングの世界です。

5.水の花火
マリネッコさんの作ったアガパンサスの花を水の花火としたとても大好きな曲です。この曲にまつわる話をきいて、是非歌詞をつけたいと思いました。大切な人を突然失い、悲しみに暮れながらもその清々しく美しい花の色に生きる強さをもらう。そんな歌です。

6.君へ
櫛谷結実枝さん作曲。 かつては一緒に過ごした大切な人なのに、もうずっと会えてなくて今はどこでどうしているのかもわからない。でも、ふと空を見上げた時、今はどうしているのかな、元気でいるかなと思ったりすることがあります。それを歌詞にしました。

7.桜の樹の下で
マリネッコさんが桜の花が待ち遠しい季節に作った曲。桜の樹の下でこれからの人生をそれぞれに誓い合ったり、約束したり、何があっても全てはその人生の糧になるのだということを英語で歌詞にしました。

8.卒業
作曲者の稲岡大介さんから、この曲を合唱曲にしたいと作詞の依頼を受けました。自分の中学、高校時代の思い出を詰め込んだ曲です。3月中にCD を完成、発売しようという目標は、この曲のためでもありました。

9.トネリコの森
ウェールズ地方に伝わる曲ですが、メロディがとても気に入っていました。原詞や訳されている方々の歌詞を参考にしつつ歌いやすいオリジナルの歌詞を作ってみました。

10.やさしいハーモニー
今から5年前に詞を作り翌年に曲をつけました。自然と私たちが共生して行くのに一番大切なのはそのバランスとハーモニーだと思います。音楽の原点は自然の音を真似ることでした。自然に生かされてその中で歌える喜びを表現しています。

11.初恋
島崎藤村作詞、高校時代から暗唱できる唯一の詩でした。

タイトルにこめた思い

「Feelings that never change  変わらない想い 」

このCDの曲の多くは今の時代の新しい曲という雰囲気ではありません。しかしながら、時代がかわっても年齢を経ても、やはり変わらない思いや、心の奥底にあるピュアな子供のような気持ちはふとした喜びや感動と共に甦ります。たとえば 美しい夕日を見た時、海がキラキラ輝いている時、爽やかな風を感じる時……。そんな想いを歌にこめました。

148352211_4146722695360679_1621993733288296692_nAnn Sakai “Feelings that Never Change” 変わらない想い 2420

c5c15f2d744b00148647いがりまさし ネイチャーフォークエッセンス 1000円

配信インフラとノウハウ、無料で提供します

◆いがりまさしの2021年は配信元年

2011年(10年前50歳)
音楽と映像をからめた映像詩作品を、初めて制作した映像詩元年でした。この10年で映像詩ライブという形態が完成しました。

2001年(20年前40歳)
「植物図鑑・撮れたてドットコム」を公開したWeb元年でした。Webプログラミングを独学しインターネットリテラシーを身に着けた10年でした。

1991年(30年前30歳)
会社を辞めて独立した植物写真家元年。次々に著書を刊行し、植物写真家としての基盤を築いた10年でした。

2021年は配信元年と位置づけています。この30年の集積を礎に、映像と音楽をからめたコンテンツを、現地から直接お届けすることができる時代が到来しようとしています。

◆無料で配信インフラとノウハウを提供します
2021年3月まではそのトライアル期間。インフラとノウハウはなんとかカタチになりつつありますが、まだ経験が不足しています。その経験値を集積するために、この期間は無料(要交通費)で配信インフラとオペレーティングを提供します。

感染状況悪化でイベントを中止にするなら、配信をご検討ください。

◆無料配信に限る
有料配信にお応えするには経験値が不足しています。投銭募集は可。配信アーカイブを有料で公開するのは可。ただしいずれの場合も売上に対して相応のパーセンテージで対価を申し受けます。

※詳細は直メッセージ、あるいは
http://www.plantsindex.com/postmail/generalform.html
からお問い合わせください。

※参考映像

コロナに強い! 2021年のイベントお引き受けします

ふたつのライブの映像をつなぎ合わせてはいますが、実際に配信された映像と音声です。

******************************
コロナに強い!
2021年のイベントお引き受けします
******************************
いがりまさしのイベントは「コロナに強い」イベントです。特に、植物園や公園など、屋外での演奏は、十分な社会的距離をとることがしやすく、外出禁止のような強い要請が出ない限り実施可能です。

また、配信を組み合わせて、施設のPR、イメージ向上、集客、顧客サービス、あるいは配信チケットで収益に結びつけるなど、さまざまな目的でご活用いただけます。

また、CDの売り上げが見込める、あるいは有料配信での収益が見込めると、当方が判断した場合、交通費程度で実施することも検討します。

白馬五竜高山植物園お花畑ストリートライブ(長野県白馬村)

白馬五竜高山植物園お花畑ストリートライブ(長野県白馬村)

◆例1
*****************************
施設のイメージアップ
PRのために演奏してほしい
*****************************

演奏+施設の状況をカメラ2台でYoutube無料配信

通常なら最低でも
演奏者
カメラマン
配信オペレーター
機材レンタル料
などで普通は25万くらい必要ですが

持続化給付金コロナ特別枠などを駆使し、ここまではいがりまさし独力で可能な装備が整いました。
ギャラは1日当たり5万円+交通費(全国一律2万円)
※予備日を設定する場合その確保費用(1日1.5万円程度が必要になる場合があります)
※また、CD販売などが見込める場合にはディスカウントのご相談に乗ります。

※無観客で、かつそのほかの状況が許せば、さらにドローン映像を加えることも可能。
※さらに施設側で簡単なカメラ操作、機材操作できる人を出していただければ、さらに1台増やすことも可能。(プロである必要はありません)

のんほいパークガーデンライブ(愛知県豊橋市)

のんほいパークガーデンライブ(愛知県豊橋市)

◆例2
*****************************
演奏に来てほしいが予算がない
*****************************
有料配信+CD等販売させていただければ、交通費程度でもご相談に乗れる場合があります。まずはご相談ください。

 

 

◆天候の問題
完全リアルなイベントでは天候にかかわらず実施しなければなりませんが、配信中心のイベントの場合、あらかじめ、平日の3日くらいを候補日として、直前の天気予報で配信日を決めることも可能です。配信はアーカイブを期間限定で見られるようにすることが可能です。

また、集客イベントの場合は、室内でプロジェクターの使える部屋を確保していただければ、映像詩ライブ&トーク(2時間くらい)に切り替えることも可能です。

◆電源、回線の問題
docomo電波が使えるところなら可能です。
電源がないところでもソーラーカーからの給電も可能です。

ぜひ、お近くの公園や植物園、庭園、あるいは商業施設などにご提案ください。

※コロナ感染状況による延期の場合は、特にキャンセル料など必要ありません。

 

お問い合わせはこちらから → http://www.plantsindex.com/postmail/generalform.html

牛川の渡し

 

現在の牛川の渡し(2020年4月撮影)

現在の牛川の渡し(2020年4月撮影)

豊橋市に河口をもつ一級河川、豊川(とよがわ)には、現在も「渡し」があるのをご存じだろうか。その名も「牛川の渡し」。我が家から徒歩10分。自粛生活のかっこうの散歩コースになっている。

この「渡し」、1975年ごろまでこの近くに3か所残っていた。高校生になって、豊川市の高校まで、片道約10kmを自転車で通うことになり、このうちのひとつ「天王の渡し」を使うことになった。

この渡し、豊橋市下条町と豊川市天王町を結ぶ市道の一部であり、料金は無料。下条側に小屋があり船頭が常駐している。天王側には鐘が設置してあり、渡りたい時はそれを鳴らせば迎えに来てくれる。現在残る牛川の渡しとまったく同じシステムだ。

姫街道と呼ばれる国道の当古橋をわたるより、1-2kmは近道になるだろうか。しかし、強風時は欠航。好天でも、大雨のあとなど、川が増水した日も欠航になる。渡船場まで行ってみても、船頭が首を横にふれば、当古橋までかえって大まわりを強いられる。しかし、船で川を渡って学校に通うという、当時としても十分古風に思える通学スタイルは、自然好きの少年にとっては学校にうモチベーションにさえなっていた。

晴天が続くと日ごとに川の水は澄んでくる。そして、一日悪天があると濁り、再び少しづつ澄みはじめ、澄みきった頃にまた悪天が来る。そんな川面を眺めながら渡してもらうなどというのは、今にして思えば本当に贅沢な通学だった。

しかし、その通学スタイルも一年で変更を余儀なくされた。数キロ下流に新しく橋が完成したのに伴って、三つの渡しのうち現在も残る牛川の渡しだけを残して、二つは廃止されることになったのだ。

当時すでに天王の船は樹脂製の近代的なものだったが、三つ目の渡しである行明の渡しの船は木造船だった。記憶によれば、現在の下条橋付近に渡船場があったと思う。その一年間のうち、一度か二度渡してもらったことがあるが、天王に比べると不安定でやや心もとない乗り心地だったと記憶している。

天王の渡しの渡船場の跡地は、現在、園地になっていて記念碑やベンチが設置されている。1975年当時と風景はそれほど変わっていないが、行明の渡し付近は新しい橋が架かって様変わりした。

天王の渡し渡船場跡地

天王の渡し渡船場跡地

廃止の翌年、天王の船頭夫妻に、豊橋駅近くで会ったことがある。船頭は市の嘱託職員である。渡しがなくなって、駅周辺の駐輪場の管理を担当しているとのことだった。川べりの小屋で客を待ちうけ、自然と歩調を合わせて仕事をしていた夫婦が、急に雑踏での仕事を強いられているようで、気の毒になった記憶がある。

さて、現在残されている牛川の渡しだが、ここも近く新しい橋が完成するということで、数年前渡船場が移動した。幸い、橋が完成しても渡しが廃止になるということはないようだ。以前は対岸に農地をもつ人が、自転車で鍬を担いで渡してもらうというようなニーズが多かったようだが、現在では、観光的な色合いが濃くなっている。

現在の船頭が作ったという中央構造線のジオラマ。牛川の渡しの渡船場にある。

現在の船頭が作ったという中央構造線のジオラマ。牛川の渡しの渡船場にある。

最近、その渡船場に写真のようなジオラマができた。船頭の一人が作ったという。中央構造線の真上を流れる豊川周辺は、格好の地学の実習地だ。現在の船頭の知識には舌を巻くが、渡しが担う社会的役割も、昭和の時代とは様変わりしている。

現在では観光的な乗客が大半を占める

現在では観光的な乗客が大半を占める

市役所から散歩できるほどの都市近郊としては、豊川の河川敷の植生はまずまず保たれている。願わくはこれ以上よけいな公園化などをせずに、牛川の渡しとともに豊川の自然景観が残されることを望みたい。

 

車中泊キャビネット

コンパスビッツ・パランティカ号納車からちょうど一年。納車直後、使い勝手を確かめるべく、内装に穴を開けたり、定員を変更する必要がある改造などを一切行わずに、仮の装備を作りつけた。→ここ。しかし、やはりその使い勝手の悪さはそうとうなもので、1年目の冬に新たな「車中泊キャビネット」の製作にとりかかることにした。

1年使ってみた仮のキャビネット。テーブル越しに収納になっていたので、調理中、食事中に足りないものがあると、とてもとりにくくて使い勝手が悪かった。

1年使ってみた仮のキャビネット。テーブル越しに収納になっていたので、調理中、食事中に足りないものがあると、とてもとりにくくて使い勝手が悪かった。

◆セカンドシートの撤去
もっとも問題になったのはセカンドシートを生かして車中泊装備をその上に作りつけたが、なんといっても使ってもいないシートが場所をとりすぎるため、収納力と生活スペースが圧迫されていること。
前車前前車とも、セカンドシートを外して、そこに自作のキャビネットを作りつけた。
まず、車体に止めてあるボルトを回すが、いくら回しても空回りするだけで上がってこない。ビルダーのホワイトハウスの工場長に電話。車体にはバカ穴が開いているだけなので、一人が潜ってスパナでおさえ、もう一人が車内から回すしかないとのこと。家にごろごろしていた次男をつかまえて、なんなく外すことができた。

◆基礎構造
骨組みとなる基礎構造は、DCMカーマホームセンターの工作室を利用。前車までは近所に工作室のあるホームセンターがなかったので、木材のカットをやってもらい、ホームセンターの屋上の駐車場のすみで組み立てた。
なんといっても、工作室にはいろいろな工具がありはかどる。写真は、コーナークランプ。箱状のものを組み立てるときには、これがあると精度高く仕上がる。

カーマホームセンターの工作室で組み立て。コーナークランプは強い味方。

カーマホームセンターの工作室で組み立て。コーナークランプは強い味方。

◆仮の材料で車中泊試用
二日ほどかけて、基礎部分が完了。この時点で一度、車中泊に試用してみる。ちょうど、2泊で関東にセミナーで行くことになっていた。天板には、ウォルナット材を発注していたが、パイン集成材の廃材を使って仮の天板とスライドテーブルを作る。
出先のカインズで思いつき、スライドテーブルの裏側に、鬼目ナットを仕込み、脱着式の脚を作る。これで、中泊(ポップアップではなく車内で眠ること)するときに、このテーブル部分にかなりの体重がかかっても持ちこたえられることがわかった。

ここまで丸二日。この状態に、仮の天板とスライドテーブルをつけて、車中泊に試用。使い勝手を確認する。

ここまで丸二日。内部構造もだいたい完成。この状態で、あらためて採寸し、化粧版を発注。

 

仮のテーブルをつけて、車中泊に試用。使い勝手の確認をする。

仮のテーブルをつけて、車中泊に試用。使い勝手の確認をする。

◆本材で仕上げ
外から見えるところには、ウォルナットの矧ぎ板をオイルフィニッシュして使うことにした。数年前、リコーダースタンドを作った時に、このウォルナットのオイルフィニッシュの魅力を知った。少々高いが、20年使うのだから納得のいく仕上げにしたい。府中家具のカット販売は、そのままでも使えそうな仕上げで送ってくれるが、240番でさっと磨けばオイル仕上げにかかれる。オイルはワトコオイルのナチュラルと、ワトコワックスでしあげた。食卓としても使うテーブルなので、安全な塗装がよい。ワトコオイルは亜麻仁油を主成分としているのでまず安心だ。今思えば食品用の亜麻仁油でもよかった。IMG_2905

かくして完成!

IMG_2926

引き出しの仕様は3種類。大きなものは、左右にスライドレール。中くらいのものは底に一本のスライドレール。小さな引き出しはそのまま。

引き出しの仕様は3種類。大きなものは、左右にスライドレール。中くらいのものは底に一本のスライドレール。小さな引き出しはそのまま。

前車にもあった酒類収納引き出し。

前車にもあった酒類収納引き出し。

スライドレールを使った縦型の収納。包丁やまな板がいれやすい。

スライドレールを使った縦型の収納。包丁やまな板がいれやすい。

IMG_2930

スライド式テーブル
これでかなりの面積のテーブルが出現。格段に使いやすくなった。左右にベアリング式のスライドレールを使ったが、これが動きが軽すぎてかえって使いにくい。適度に止まるようにそこに摩擦用のベニヤを装着(両面テープ)。

40cm×90cmのスライドテーブル。

40cm×90cmのスライドテーブル。

テーブルが適度に止まるよう底にべニアを貼る。

テーブルが適度に止まるよう底にべニアを貼る。

 

背面ミラーパネル
今回の新しいアイデア。背面に姿見とレンジフードを兼ねた難燃性パネルを装備。写真の展示に使うアルポリックというアルミ複合版を使った。片面が鏡として使える光沢のあるものだ。カッターで切ることもでき、比較的軽量なのがうれしいが、けっこう高い(7000円くらい)。

背面パネルをあげたところ。

背面パネルをあげたところ。

トランクかんと呼ばれる部材。本来、引き出しの取っ手として使われるが、90度くらいで止まるので、パネルのストッパーとして利用。

トランクかんと呼ばれる部材。本来、引き出しの取っ手として使われるが、90度くらいで止まるので、パネルのストッパーとして利用。

ライトウィング
メインキャビネット右手にデッドスペースができる。ここを有効に活用したいとかねがね思っていたが、メインキャビネットが形になって来れば、ここの仕様も決まる。

曲線の多いスペースで苦戦したが、段ボールで型紙を作って、工作室の卓上糸鋸で形を作る。うまく入るように、カーマの一番入り口に近い駐車場(健常者用)に車をとめ、少し切っては車で合わせるということを5回ほど繰り返し製作。パイン集成材にワトコオイルだが、意外にいい感じに仕上がった。

ペーパー布巾のケースと飲料水ストッカーが一体になったライトウィング。

ペーパー布巾のケースと飲料水ストッカーが一体になったライトウィング。

コンセントは、インバーターから通電。

コンセントは、インバーターから通電。

 

これでメインキャビネットは完成だが、まだまだ、ブックシェルフやレフトスタンド部など、直したいところ、作りたいところがいくらでもある。春までにどこまでできるだろうか。

1 2 3