フォトエッセイ(野の花365日のオランダミミナグサより) |
職業写真家になって一番最初に世に送り出した単行本は,「野の花の小径」という写真集だ。爆発的に売れた...,わけではない。6000部ほどの初版が,7年ほどかかってやっとなくなった。 一度,観察会で初めて会う人に,この本へのサインを頼まれたことがある。山と溪谷の封筒から真新しい本を出したので,著者に会うのだから,にわかに本を買ってきたのだと思った。 しかし,よくよく聞いてみると,発刊と同時に買った1冊目がぼろぼろになってしまったので,サインをもらうために2冊目を買い求めてきたというのである。この本に関しては,数は多くはないが,こういう熱烈な読者がいる。 編集者のYさんは職人気質の人で,細部にわたってこだわりをきわめてこの本を編集してくれた。人づてに聞いた話だが,この本を見せて 「ぼくのしたい仕事はこういう仕事です」 と話していたことがあったそうだ。刊行後5-6年もしてからのことである。 おそらく,私ほど恵まれたスタートを切った写真家はあるまい。著者がめぐりあわなければならない読者とは,気まぐれに話題の本を読み捨てる多くの読者ではなくて,自分の本を心から認めてくれる少数の読者だということを,この本が教えてくれた。 Yさんが「野の花の小径」の表紙に抜擢した写真は,私が送ろうかどうか迷っていたオランダミミナグサの静かな写真だった。
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【ひとくちメモ】 オランダミミナグサの茎には腺毛があって,時々小さな虫が捕まって死んでいることがある。消化してしまうわけではないので食虫植物ではないが,ナデシコ科には同じような腺毛をもつものが多い。茎をはいのぼる害虫から花や実を守るために発達した機能だろうか。
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【見わけ方】 ヨーロッパ原産の越年草。よく似た在来種にミミナグサがあるが,オランダミミナグサの勢いに押されて数を減らしている。在来のミミナグサに比べると,花柄が短く,また茎は紫色を帯びることがない。ミミナグサは農村に多いが,オランダミミナグサは都市の道端でも見かける。
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